top of page
執筆者の写真池上秀志

ピーキングと期分け

古典的ピーキング  ピーキングの歴史を紐解いても残っている記録はそう多くはありません。戦前のトレーニングの内容も一部残っていたりもしますが、戦前はまだまだ牧歌的な時代で肉体の強いものが勝つという時代です。1950年代に活躍したエミール・ザトペックというチェコ・スロバキアの選手がいるのですが、この選手なんかは全盛期にはとにかくレースに出るだけ出ていた選手です。

 エミール・ザトペック選手と言えば、インターバルトレーニング、或いは阪神ファンなら村山実投手を思い出す人も多いかもしれません。ザトペック選手の一つの特徴は力感あふれるそのランニングスタイルでまるでフランケンシュタインのような形相で(日本語風に言うなら鬼の形相で)序盤から苦しそうな顔をしながらも最後まで走り切ってしまうその走法にありました。阪神タイガースの村山投手も序盤から苦しそうな顔をしながらも9回まで投げ切ってしまうことから「ザトペック投法」と呼ばれました。

 そして、当時は冷戦時代の真っただ中でもあり、東側は一丸となって西側と闘おうという時代でもありました。これは科学技術の発展においてもそうですし、スポーツの世界でもそうでした。この時代に、東ドイツの運動生理学者が今では誰もが知っているインターバルトレーニングを考案しました。そして、同じく東側の人間のエミール・ザトペック選手が取り入れて1952年のヘルシンキオリンピックで5000m、10000m、マラソンの三冠を達成したのです。

 「ゆっくり走ることはもう充分知っているんだ。僕が知りたいのは速く走ることなんだ」というのはエミール・ザトペック選手の有名な言葉です。その言葉通りにマラソントレーニングのために400mを100本やったという嘘か本当か分からない伝説が残っています。実際には80本という説もあるのですが、どっちでも良いです。要するに、頭がおかしいのではないかというくらいインターバルトレーニングをやったということです。

 東側諸国ではこの流れがずっと残っていました。レースにたくさん出るということに関してもそうです。私のコーチのディーター・ホーゲンは1970年代東ドイツの中長距離界のホープでした。なんでも高校時代に5000mを14分10秒で走ったそうです。その時代のそのタイムは日本選手権の優勝タイムに近いタイムです。なんとも恐ろしいタイムですが、そんなコーチホーゲンは過度なスピード練習とレースによる弊害として、膝を痛め手術をしたものの競技生活はそこで終えざるを得ませんでした。現在68歳で今でも元気に走っておられますが、コーチ生活は早くも48年になりました。

 そんなコーチホーゲンが自身の経験と他の選手を観察してきた結論としてやはり多すぎるスピード練習は選手をダメにすると語っています。これはレースにおいても同様です。多すぎるレースは上手くいきません。

 話をザトペックの方に戻すと、ザトペック選手の活躍により、世界中でインターバルトレーニングが大流行し、年がら年中インターバルトレーニングをやり、レースに出る一種の宗教団体がポコポコと生まれました。宗教団体は言いすぎですが信者がたくさん生まれたわけです。そんな流れにくさびを打ち込んだのが先述のアーサー・リディア―ドです。

 よく言われる誤解としてリディア―ドはインターバルトレーニングを否定して、走り込みを推奨したと言われるのですが、これは誤解です。リディア―ドはインターバルトレーニングそのものを否定していません。彼が主張したのは「現在(1950年代から1960年代)多くの選手が過剰なインターバルトレーニングによって、オーバートレーニングや故障で結果が出ないばかりか、苦しいばかりで見返りのない練習によって走ることが嫌いになっている」という警鐘を鳴らしたのです。

 これは競技レベルでやっている選手でさえもそうだと思います。やっぱり人間の集中力は有限です。最高の状態が年に2回しか出せないのと同様に集中力の方も高い状態を長く続けることは出来ないので、年がら年中インターバルトレーニングで追い込み続ければ遅かれ早かれ走るのが嫌になるでしょう。まあ、脳内の神経伝達物質と受容体の結びつきが強くなるので、ある程度定期的に苦しい練習をやるとそれが快感になってきますが、とはいえ限度はあります。あまりにも追い込み続ければ遅かれ早かれ走るのが嫌になるでしょう。

 ただ、リディア―ドはインターバルトレーニングの前に走り込みをしっかりとすることで疲れにくい体が出来るので、インターバルトレーニングの効果も上がるし、こなせる本数も増えると述べていることから分かるように別にどちらが上、下というのは言っていません。インターバルトレーニングに偏るのがダメなのであって、インターバルトレーニングをしっかりとこなし、消化するための走り込みだというとらえ方もできるわけです。

インターバルトレーニングの一つの特徴として効果が上がるのも速いが頭打ちになるのも速いというものがあります。要するに、走り込みばかりしている選手がインターバルトレーニングを導入すると初めは一気に状態が上向きになるが、その後すぐに頭打ちになり、そして過剰なインターバルトレーニングはオーバートレーニングや故障を引き起こすだけだと彼は主張します。この過剰なインターバルトレーニングというのは400m15本と比べて20本は多すぎるという意味合いではなく、インターバルトレーニングをする時期はある程度絞らないといけないという意味合いです。彼は4週間程度で十分だと言っています。多めに見積もっても6週間程度というところでしょう。

 またこれも注記として書いておかなければいけないところですが、リディア―ドの言うインターバルトレーニングとは一般の用語でいうところのレペティショントレーニングに該当すると思います。リディア―ドのインターバルトレーニングは基本的に全力に近いペースで走って、疾走区間と同じ距離のジョギングでつなぎます。ですから、彼の教え子のピーター・スネルは400m20本をアベレージ58秒でやったこともあるそうです。そして、リディア―ドいはくこれだけの練習はしっかりと走りこんでスタミナを養っておかないと出来ないぞということです。要するに、レースで結果出すためにはもちろんインターバルトレーニングが必要になるけれど、良いインターバルトレーニングをこなすにはしっかりと走り込みの時期がないと駄目だということです。

更に、走り込みしかやっていない状態からいきなりインターバルトレーニングをやる訳にもいきませんから、その前にヒルトレーニングの時期があります。ヒルトレーニングは小松美冬さんの『リディア―ドバイブル』を読んでもちょっと理解しにくい部分なのですが、平たく言えば短距離的な動きづくりや筋力トレーニングを登り坂を使ってやって、さらに下り坂で流しもやって、インターバルトレーニングへとなれていく、そして長距離選手なんだからつなぎは歩きじゃなくてジョギングでやりましょうというトレーニングです。要するに、インターバルトレーニングをやった時に綺麗に走れるように動きづくりをして、故障せずスピードが出せるように筋力トレーニングをして、スピードに慣れていくために流しをするというトレーニングです。この時期がまた4週間くらいあります。

さて、では走り込みもやって、筋力トレーニングや流しもやって、レペティショントレーニングもやれば、試合で最高の力を発揮できるのでしょうか?これがさらにノーなんですね。後は疲労を抜きながら、タイムトライアルを入れてここまでに培った持久力とスピードを一つにまとめないといけないとリディア―ドは言います。「平井健太郎という男がいる」の無料ブログでも紹介した平井もこの手法を好んで使っていました。それこそ彼はピーキングの名手で5000m14分ちょうど、10000m28分36秒、ハーフマラソン62分30秒の全てが学生の全国大会で出した記録です。これはかなり稀有だといって良いでしょう。大半の選手の自己ベストは日体大記録会か静岡県長距離記録会ですが、選手権で出したタイムとは質が違います。

その平井が言っていたことですが、「インターバルっていうのはある意味それで一つの競技やと思う」とのことでした。その原体験には報徳学園高校時代の練習があります。報徳学園高校では400m10本やったら64秒くらいのタイムで50秒くらいのつなぎでやってしまうそうです。勿論、ボロボロ落ちていって最後は2人くらいしか残らないそうなのですが、2人残ること自体が奇跡です。

報徳学園高校は確かに強豪校の一つであり、強い選手もたくさんいました。ただ、それにしたって練習と試合のタイムが合いません。そういった経験から、ショートインターバルで速くなるということとレースの結果はまた別物という思いからタイムトライアル系のトレーニングを多く入れるようになっていきました。ただし、それでもやはり試合で最高の状態が出せるのは年に2回程度なのです。だからどうしたかというと、平井はレースで5000m13分台を狙うなら3000mまでで良いから8分24秒から20秒くらいで走れるようなトレーニングを組んだんです。10000mで28分台なら5000mを14分30秒から20秒です。

なるほどなとは思うのですが、私はもうちょっとずぼらをして1000m10本を200mつなぎで2分55秒から2分50秒でできたら、10000mは28分台出せるんちゃうかというアプローチをしますが、いずれにしてもここで重要なのは休憩をはさんで速く走ることもゆっくり長く走ることも基礎でしかなく、最終的にはそれらをレースで使えるように加工していかないといけないということです。イメージで言えば、良い走りを作るための動きづくり、速いスピードを出したり故障しないための筋力トレーニング、レースペースよりもゆっくり長く走る持久力(総走行距離含む)、レースよりも短い距離を休憩をはさんで速く走るなどの練習は家を作るための材料です。この時、良質な材料を作らないと良い家が建たないのは言うまでもありません。ただ、最後はいくら材料が良くてもきちんと隙間なく組みあがらないとやはり良い家が建ちません。この家を組み上げる作業が疲労を抜きながら、タイムトライアルやテストレースを導入していく時期になります。お分かりいただけましたでしょうか?これがリディア―ドのピーキング術です。

ですから、先にピーキングという考え方があって、どうやってピーキングしようかなと思いながらトレーニングを組んでいったわけではなくて、レースで最高の走りをするにはどうすれば良いかと考え、その要素を分解して、さらにその要素を組み立てる順番やその要素の長さというものを考慮に入れた結果たどりついたのが彼のトレーニングの期分けだということです。期分けという言葉が英語のperiod(期間)を動名詞化した言葉のPeriodizationピリオダイゼーションと書かれることもあります。呼び方はどうでも良いです。ピリオダイゼーションの方がかっこいいと思われる方はピリオダイゼーションと言っていただければと思いますし、期分けの方が覚えやすいという方は期分けと覚えて頂ければと思います。この期分けというのはそれぞれのトレーニングの時期において何に重点を置くかを明確に分けるという意味です。このトレーニングの期分けこそがピーキングの原点です。

では、そもそも何故トレーニングの期分けをするのでしょうか?これについて次章で見ていきたいと思います。

何故期分けをするのか?  先ず大前提として書いておきたいことですが、トレーニングの期分けをするのはそうした方が良いからそうするのです。往々にして、起こりうるのが初めは、そうした方が良いから期分けをしていたのに、いつのまにか概念だけが独り歩きをして、それを誰かが例えばユーチューブで話しているのを見て、誰誰が言っているからそうするものなんだと思い込んでしまい、理由や目的の分からないままにやってしまい、上手くいかないパターンが多くなってしまうのですが、少なくとも初期の段階では試行錯誤をした結果、期分けをした方が狙ったレースでの結果が良くなったから期分けをするのです。ですから、問いは期分けをした方が良いのかどうかではなく、どういう期分けをするのが良いのかということです。どういう期分けをした方が良いのかを考えるにあたっては当然、期分けをした方が良い理由を考えるところからスタートします。そして、期分けをした方が良い理由は大きく分けると二つあります。

期分けをした方が良い理由の一つ目:陸上競技の本質  陸上競技の本質はある決められた距離を出来る限り速く走ることです。5000mなら5000m、マラソンなら42.195km、100mなら100mを出来る限り速く走ることが求められます。そして、この時、全ての種目において言えることはせんじ詰めれば最大スピードとそれの維持率に収斂されるということです。例えばですが、100mにおいてもトップスピードを維持できるのは80mくらいまでです。そして、その後はゆるやかに減速をした選手が「後半伸びた」と言われます。でも、実際には「後半伸びた」のではなく、「他の人よりも減速しなかった」というのが正しいのです。

 では、後半減速しなければ勝てるのかということですが、そんなことはなくて、まず第一に最大速度が速くないといけません。ですから、最大速度も重要になるのです。マラソンも理論的には最大速度とその維持率、つまりいかに失速をおさえるかというスポーツです。もちろん、これは理論的な話であって、実際には本当の最大速度(要するに100m走における30mから80mあたりの速度)ではなく、5000mの走力と落ち率が重要になりますが、理屈は同じです。5000mがどれだけ速く走れるかと、落ち率をどれだけ低くできるかです。落ち率という言葉は運動生理学の言葉ではなく、俗語です。

 例えば、5000mの走力は変わらないにもかかわらず、マラソンのタイムが向上すれば、それは落ち率が低くなったことを意味します。陸上競技においては、この最大速度と落ち率を低くすることが等しく重要です。マラソンで言えば、5000mのタイムを伸ばすことと落ち率を伸ばすことの両方が等しく重要であり、更に5000mのタイムを伸ばすには1000mの最大速度と落ち率を低くすることが等しく重要になるでしょう。

 これが陸上競技の本質的な部分になってくるのですが、ここから更に二つ目の理由が導き出されます。

期分けをした方が良い理由の二つ目:新しいレベルに到達するのは大変だが、維持するのは簡単

 理由の二つ目は、人間は新しいレベルに到達するのは難しいけれど、維持するのは簡単だというものです。これと一つ目の理由とどのような関係があるのかということですが、人間の体と言うのは、いくつものことを同時にすることは出来ません。例えばですが、100mとマラソンの両方でチャンピオンになった人は今まで一人もいません。それどころか、5000mと100mの両方ですらいませんし、もう少し近づけて1500mと100mですら、両方でチャンピオンになった人はいません。そのくらい、複数の種目においてトップを獲ることは難しく、またおそらく不可能だとも思います。

 ただ、先述したとおり、マラソンが速くなりたいのであれば、色々な能力を向上させていく必要があるのです。5000mの走力も伸ばす必要があるし、そのためには基礎スピードも上げないといけません。42.195kmに耐えられるだけの筋持久力も必要ですし、後半までグリコーゲンを残しておけるように代謝のシステムも変えないといけません。また、乳酸が蓄積されないペースで出来るだけ速く走れるように、乳酸をピルビン酸に再変換しATPを産生する代謝システムも改善しないといけません。走技術の向上も精神的な技術の向上も必要です。それらの全てをやらないといけないのですが、それを同時にこなすことは不可能です。

 1500mと100mの両方でチャンピオンになるのが難しいように、5000mとマラソンの両方で、同時に最高の結果を残すことは出来ません。だから、なにをやるのかというと期分けをするのです。一番オーソドックスなパターンはトラックシーズン3か月の後にマラソン3か月を持ってくるというパターンです。先述したとおり、マラソンにおいても5000mと10000mの走力を上げていくことが基礎スピードという意味で非常に重要です。ただ、同時にマラソンと5000mの両方で最高の状態を作ることは出来ません。

 このあたりが分かりにくい方もいらっしゃるかもしれませんが、先ほどの理屈を思い出してください。マラソンにおいては、5000mの走力くらいが基礎的なスピードになり、その後はいかにその落ち率を低くするかです。そうすると、基礎スピードは5000mのレースペースくらいになり、基礎持久はマラソンレースペースの80%くらいのペースになり、さらに実際のレースはその中間のどこかにあるので、その中間のペースのトレーニングをしたり、更にはトレーニング刺激に対して、体を適応させるには軽めのトレーニングの日を設けることも必須になります。軽めのトレーニングは「やる気が出ないから」入れるわけではなく、速くなるために必要だから取り入れるのです。

 そして、5000mをやるなら、1000mから2000mくらいのタイムがまず一つの目安となり、更に800mのタイムや400mのタイムも基礎スピードとして重要になります。そして、もちろん基礎持久も重要でレースペースの70%以上での有酸素ランニングやレースペースの90‐95%のペースの持久走、レースペースでのインターバル、そしてサーキットトレーニングや動きづくり、スプリントトレーニング、坂ダッシュ、バウンディングなどのいわゆる基礎体力作りもやるに越したことはありません。そして、やはり軽めのトレーニングを設定することも重要になります。

 このように考えると、マラソンと5000mで同時に最高の状態を維持することは不可能だということがお分かりいただけると思います。非常に表現が下品で申し訳ないのですが、感性に訴えかける例を出すと、トイレでご飯は食べられないでしょう。あるいはセックスしながら、ご飯も食べないでしょう。でも、人間である以上、ご飯を食べる必要もあるし、排泄の必要もあります。でも、同時にするのは嫌だとなったらどうすれば良いのか?ご飯を食べる時はご飯を食べる、排泄の時は排泄だけすれば良いのです。

 そして、ご飯を食べながら排泄するのは嫌ですが、ご飯を食べた状態はある程度維持されます。要するに、お昼ご飯を食べたら、その後再びお腹がすくまでには時間が空きます。排泄も同様です。御飯中に排泄するのは嫌ですが、一度排泄すればその後しばらくトイレに行く必要はなくなります。トレーニングとトレーニング刺激に対する適応、そしてその適応の維持も生理反応であり、食事と排泄とセックスの関係と全く同じです。セックスだって、セックスと排泄を同時にというのは考えるのも嫌でしょう。しかしながら、一度やっておけばある程度は満たされます。特に男性の場合は、そう何度も出来るわけではなく、変な話がセックスした状態がある程度維持されます。

 このように、ある新しいトレーニング刺激に対して適応する際には、その新しい刺激に集中する必要があるのですが、維持するのは比較的簡単なのです。私が初めて私のコーチのディーター・ホーゲンに出会ったとき、「一回チャンピオンになるのは難しいが、一度チャンピオンになればもう一度チャンピオンになるのはさほど難しくない」とおっしゃっていたのを今でも覚えています。

 もう一度オーソドックスなトラックシーズン3か月、マラソンシーズン3か月の例に戻りましょう。マラソンをやりながら5000mのタイムを伸ばすのは難しいです。ただ、マラソントレーニング期間中に5000mの走力を維持するのはものすごく簡単なんです。そもそもマラソントレーニングにおいても基礎スピードとしての練習は取り入れます。マラソンにおいての基礎スピードと言うのはおよそ5000mのレースペースか10000mのレースペースになるでしょう。人間の体は、新しい刺激に順応するのには物凄い集中力や労力がいりますが、維持するだけなら、ちょっと刺激をかけて細胞が忘れないようにすれば良いだけなのです。だから、トラックシーズン3か月、マラソンシーズン3か月という組み方をする人が多いんです。そして、言うまでもなくこのパターンで成功する選手は非常に多いです。これは繰り返しになりますが、成功するからこそ多くの選手がやるのであって、誰かがこれが正しいと言ったからやる訳ではないです。

 そして、これまた誤解していただきたくないことなのですが、これはあくまでほんの一例であって、ピーキングの仕方にはほかにも色々なやり方があり、最終的には自分に合ったものを見つけていくことが重要です。そして、マラソン以外の種目においてもピーキングの為の期分けを取り入れることは非常に重要な考え方となります。何故かというと、これはマラソンだからこそ、5000mや10000mが基礎スピードになるだけであって、どの種目においても色々な基礎があるからです。

 そして、これもまた重要な点ですが、基礎には段階があります。階層性と言っても良いと思います。例えばですが、マラソンにおいてハーフマラソンの走力はある意味では基礎と言うことが出来ます。何故なら、マラソンのタイムに直結するもののやはりマラソンではないからです。マラソンをやるにあたってハーフマラソンのタイムは速ければ速いほど良いですし、実際ハーフマラソンが速い人は基本的にはマラソンも速いです。一方で、ハーフマラソンは速いけれど落ち率が大きくてマラソンをやったらそこまででもないという人がいるのも事実です。そういう意味では、充分に基礎トレーニングだということが出来ます。

 では、10000mと比べたらどうでしょうか?10000mのタイムは確かにマラソンのタイムと直結します。10000mが速ければ速いほどマラソンでもタイムが出せる可能性が大きいです。しかしながら、ハーフマラソンほどではありません。ということは10000mの方が基礎としての度合いは高いということです。

 では1000m10本を400mジョギングでつなぐインターバルを比べたらどうでしょうか?マラソンは言うまでもなく、間に400mのジョギングを入れて速く走る競技ではなく、スタートからゴールまで休みなしで走り続ける競技です。このように考えると、1000m10本を400mでつなぐ練習の方が基礎の度合いが高いと言えます。では、更に400m25本を200mのジョギングでつなぐ練習と1000m10本を400mのつなぎでつなぐ練習を比べたらどうでしょうか?この二つを比べると400m25本の方がさらに細かく分割しているうえに疾走区間とつなぎの比率が2:1となっており、1000mを400mでつなぐ5:2よりも比率が大きいです。ということはさらに基礎的なトレーニングになります。そして、マラソンでタイムを伸ばすためにも動きづくりやバウンディング、体幹トレーニングなどの補助的なトレーニングも有効な手段の一つとなります。これらの練習はもはやランニングですらありません。私がプロ時代には水泳も取り入れていました。私の嫌いな練習の一つでしたが、大切な練習だからと言われて取り入れていました。これらはもはやランニングですらなく、ハーフマラソンと比べると雲泥の差があります。ハーフマラソンが速い人は程度の差こそあれ、曲がりなりにも速いです。私はプロとしては二流でしたが、言ってもハーフマラソン63分09秒はその年の日本ランク69番で、42.195kmを走れば普通の市民ランナーには負ける訳がありません。ところが、水泳になると水泳のオリンピック選手をマラソンのレースに出せば、市民ランナーの方にも普通に負けるでしょう。

 このように考えると、基礎トレーニングには階層性があり、最もレース刺激から遠いものから、最もレース刺激に近いものまで階層的に存在します。連続的にと表現することも可能ですが、厳密に言えば、400m25本から1000m10本へと練習を変えることはあっても、400m25本を401m25本に変えることはないでしょうから、やはり階層が存在すると言わざるを得ません。

 ここまでで何となく見えてきたでしょうか?なかなか慣れない状態で読むと、分かりずらいと思うので、何度も読み返してみてください。

 さて、ではそもそもどうしてこのような基礎トレーニングをするのでしょうか?あなたも「マラソンにとってのベストな練習はマラソンに出ることだ」という話を聞いたことがないでしょうか?この話は特異性の原理という運動生理学上の原理に基づくものです。特異性の原理はどういうものかというと、「人間の体はある刺激に対して特異的に適応する」ということです。

 分かりやすく言えば、農業や漁業、林業従事者は機械化が進んだとはいえ、基本的には一日中体を動かし続けるので、基礎体力はあるはずです。では、体力があるからマラソンを走ったら速いのでしょうか?答えはノーです。逆も同じです。マラソンでオリンピックに出るような選手はある意味では、日本最高の体力を有しています。では、日本最高の体力を有するマラソンランナーに鍬を持たせて田を耕させたら、日本最高級の力を発揮するのでしょうか?答えはやはりノーです。

 これが特異性の原理です。マラソンの為のトレーニングをすれば、マラソンが速くなるし、田んぼを耕せば、田んぼを耕すのに必要な力がつきます。神経回路もこれに該当するので、日本語を話せば日本語が上手くなるし、英語を話せば英語が話せるようになります。哲学を勉強すれば優れた哲学者になれるし、数学を勉強すれば優れた数学者になれます。これが特異性の原理です。

 しかしながら、「マラソンにとってのベストなトレーニングはマラソンを走ることだ」と言う人は一つのことを見落としています。それはマラソンを4時間ちょうどで走れば、マラソン4時間ちょうどに適応する」ということです。マラソンを4時間ちょうどで走れば、確かに次は3時間55分くらいでは走れるかもしれません。しかしながら、マラソンで3時間切りは夢のまた夢です。マラソン4時間ちょうどで走る人が毎回レースで4時間前後で走るだけで、異なるトレーニング刺激をかけないなら、おそらく永遠に3時間を切ることはないでしょう。ちなみにですが、ウェルビーイングオンラインスクールや有料会員プランに登録してくださっている方の大半が40代、50代ですが、この辺りの年齢でもまだまだ伸び盛りです。タイムはどんどん伸びていきます。60歳を過ぎてからサブ3を達成される方もいらっしゃいます。ですから、年齢はあまり関係がありません。70代で初めてサブ3という方はまだいらっしゃらないのですが・・・あと、33年待っても現れなかったら私が挑戦してみましょう(笑)

 閑話休題、最近はインスタグラムなどを見ていると「10000m34分台の為の練習三選。1.2000m5本を400mつなぎで7分ちょうどから6分50秒、2.1000m10本を200mジョギングで3分30秒から3分25秒、3.3000m3本を600mつなぎで10分30秒から10分20秒」などの投稿をよく見るようになったのですが、これも私から言わせれば同語反復に過ぎません。そりゃ、2000m5本を400mつなぎで7分ちょうどから6分50秒で走れたら、レースでは10000m34分台に決まってます。ただ、問題はどうやって、そこに到達するのかということです。どうやって、その練習ができるところに到達するかが問題です。

 ここまで読んでいただいた賢明な読者諸兄の皆様はもうお分かりだと思いますが、それを可能にするのが基礎トレーニングです。そして、何度も書きますが、基礎トレーニングには階層性があります。例えばですが、2000mを7分ちょうどから6分50秒で5本できるようになりたいとします。そして、今のあなたの走力が3000mを10分20秒だとします。そうすると、そもそも3000mを10分20秒でしか走れないのなら、1000m10本を200mつなぎで3分30秒から3分25秒でやるのは無理でしょう。でも、400m20本を200mジョギングでつないで、84秒から82秒ならどうでしょうか?何となくできそうでしょうか?

 それが無理なら300m20本を200mでつないで、63秒から62秒、これなら確実にいけるでしょう。そして、10000mは基礎スピードだけでは走れません。持久力も必要です。だからこそ、基礎持久も必要です。8キロから25キロくらいまでの距離を一キロ4分30秒から4分15秒で走るような持久走を取り入れたり、12キロを一キロ4分ちょうどで走ったり、総走行距離を増やしたり、その全てが有効な基礎トレーニングになります。そして、走技術を向上させるための動きづくりをしたり、より大きなパワーが生み出せるようにバウンディングやスプリント、坂ダッシュを入れるなどの筋トレや体がぶれず上半身と下半身が連動して大きな力を生み出せるようになるための体幹補強などなどこういう基礎トレーニングもあります。

 そういった基礎トレーニングの階段を登りながら上記の10000m34分台の為の練習3選みたいなものに徐々に近づけていかないといけません。では、このような練習をして10000mで34分台が出ました。おめでとうございます。次は10000m33分台となったらどうすれば良いのでしょうか?先ずは休養をとります。2週間から1か月くらいは完全休養も挟んでジョギング程度の練習にとどめて体を回復させます(特にホルモン、内臓)。そして、再び徐々に基礎練習を初めて行くのですが、ある程度体が仕上がってきたら、もう一段階上の基礎トレーニングに取り組みます。要するに、300m20本を200mジョギングから再び始めるのですが、次は63秒から62秒ではなくて、61秒から60秒当たりのペースに慣れさせていきます。それから400mを82秒から80秒と慣らしていき、もちろん、基礎持久も導入していきます」

 今回は拙著『ピーキングの極意』から引用させて頂いたのですが、いかがでしたでしょうか。

 『ピーキングの極意』は9割以上の市民ランナーが知らない、あるいは知っていても体現は出来ていない「ピーキング」という概念をその概念から実践の仕方まで体系的かつ網羅的に解説している電子書籍で、たった1500円の自己投資でお読みいただけます。

 まだお読みになっていない方は是非下のボタンをクリックして、お読みください。



閲覧数:1,164回0件のコメント

Comments


筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

bottom of page