突然ですが、あなたは夏場のトレーニングはうまくいっているでしょうか?
うまくいっているのであれば、何も言うことはありません。英語のことわざにも「壊れていないものを修理するな(Don’t fix it, if it’s not broken)」という言葉があります。順調にいっているのであれば、そのまま練習を続けると良いでしょう。
その一方で、多くの方から私のところに「暑さに弱くて夏場は休んでいます」や「夏は暑くてどうしても長い距離は走れません」や「夏は暑くてどうしても質が落ちます」などのお声が届きます。
当たり前と言えば、当たり前です。人間はそう言う風に出来ているのですから。ですが、忘れてはいけないことはどんな環境でもやりようはあるということです。
実際に、真夏でも一日40キロ、50キロ、60キロと走りこんだ経験が私にもあります。準高地や北海道などの話ではなく、北緯約35度、海抜約0mの京都での話です。
それが良いかどうか、そのままあなたにも使えるかどうかは別にして、重要なのは工夫の仕方の部分です。足りない足りないは工夫が足りないと昔から言いますが、いくつか工夫すべきポイントをおさえれば、それなりの練習は出来るものですので、今回はそのポイントを解説させて頂きます。
そもそもなぜ夏場は走れないのか?
そもそも論ですが、なぜ夏場は走れないのでしょうか?
暑いからと言われれば、それはそうなのですが、様々なスポーツの中で暑いから競技力が低下するスポーツばかりではありません。むしろ、冬場よりも夏場の方が調子が出る競技がたくさんあります。野球選手も投手、打者ともに2月や3月よりも7月、8月に調子を上げてくる選手の方が多いですし、同じ陸上競技でも短距離、投擲、跳躍などの種目においては真冬よりは真夏の方が良い記録が出ます。
では、なぜこんなにも長距離走は暑いと走れないのでしょうか?
それは他の種目よりも生み出されるエネルギー量が圧倒的に多いからです。エネルギーにも様々ありますが、陸上競技で生み出したいエネルギーは位置エネルギーと運動エネルギーです。それ以外にはありません。ただ、ここでの問題は位置エネルギー、もしくは運動エネルギーを生み出す際に、熱エネルギーが勝手に生み出されてしまうということです。
これはパソコンや携帯電話、その他の電化製品と同じです。携帯電話が動画をダウンロードしたり、アップロードするとき、生み出したいエネルギーというかやりたい作業自体は情報処理です。情報エネルギーとまで言えるかは微妙ですが、とりあえず情報エネルギーが求めるエネルギーと言えなくはないでしょう。
それにも関わらず、その一部は熱エネルギーに変換されてしまい、携帯電話が熱くなります。
照明器具も昔のものに比べるとだいぶマシになりますが、長時間使用し続けていると熱を持ちます。本来は光エネルギーが欲しい訳ですが、どうしても一部は熱エネルギーに変換されてしまいます。
これと同じで、人間は食べたものや飲んだものを運動エネルギーや位置エネルギーに変換して動いています。つまり、走るときは運動エネルギーと位置エネルギーで動いているわけですが、問題はこの時にエネルギーの半分以上が熱エネルギーに変換されてしまうということです。
細かい視点で見れば、膝を上げてそれが運動エネルギーに変換されてというように、位置エネルギーも生み出しているのですが、もっと大雑把に見れば体重60キロの人であれば、体重60キロの物体Aを移動し続ける運動エネルギーを生み出しているのが、ランニングです。
しかしながら、その運動エネルギーの半分以上は熱エネルギーに変換されます。なので、否が応でも体温が上昇し続けるのです。短距離走などは動く速度が速いので単位時間あたりに生み出されるエネルギー量は非常に大きいです。大きいですが、レースでの競技時間は400mの選手ですら1分もかからず、トレーニングにおいてもひとつの動作で動き続けている時間も同様に1分もありません。せいぜい数十秒です。
なので、これが理由で短距離や跳躍、投擲の場合は体温の上昇がそこまで問題にならないのです。
では、同じ長距離種目でも冬場は暑さが問題にならないのはなぜでしょうか?
単純に運動エネルギーを生み出すことによって体温が上昇するのであれば、冬場も体温は上昇し続けているはずです。これはもちろん、その通りなのですが、外気温が低いので、外気が冷却システムになってくれて、体温が上昇しません。
一方で、真夏は外気温がそもそも体温に極めて近い温度になるので、冷却システムとしての役割をあまり果しません。太陽の光もそれに加われば、場合によっては全く冷却しません。
つまり、体温が上昇し続ける一方なのです。体は汗をかき、気化熱で体温を下げようとし、さらに血液をなるべく体表面へと送り、熱せられた血液を冷やそうと試みますが、必死の努力もむなしく体温が上昇し続けるとペースダウンを余儀なくされます。
その理由はなぜかということですが、それはエネルギーを生み出すというのは体内で化学反応が生じているということであり、この化学反応を引き起こすには最適なPHと最適な温度が存在するからです。
オーバーペースで走り出すと体が固まるという経験をしたことは誰しもあると思いますが、これは急激に生成された乳酸と水素イオンによって血液が酸性化し(アシドーシス)し、最適なPH値から外れることによって化学反応が阻害されている一例です。
温度の方も急激に上昇すると、最適値から外れてしまい、化学反応が阻害され、ペースダウンを余儀なくされます。冬場にウォーミングアップなしでいきなりダッシュするとパフォーマンスが落ちるのは逆に、筋温が低く最適な温度よりも低いからです。
先述の通り、長距離走の場合は走り続けていれば嫌でも筋温は上昇するので、マイナス10度や20度にでもならない限り、寒さは有利に働きますが、真夏は上昇していく一方なので、化学反応が著しく阻害されます。化学反応が著しく阻害されるということは、単位時間あたりに生み出されるエネルギー量が少なくなるので、ペースダウンを余儀なくされるということです。
暑さはそれだけが問題となるのではありません。おそらく実はこちらの方が大きいと思うのですが、脳の温度が上がりすぎることが実は一番問題です。脳は言うまでもなく、我々の体の機能をすべてつかさどる器官であり、脳がなければ歩くことも話すこともできません。この脳の温度が一時的であったとしても、上がりすぎると一生障害が残ることもあります。
しかしながら、実際には私はこれまで数千人のランナーさんと接してきて、真夏に走っている人もたくさんいますが、まだ一人も脳に障害が残るような重大な熱中症になった人を見たことがありません。
たまに倒れる人もいますが、そんなものは水をぶっかけて、首筋やわきの下、太ももの内側など血管がたくさんあるところに氷を当てて寝転がしておけば、ものの数十分で息を吹き返します。
では、なぜその程度で済むのかということですが、逆説的ですが、倒れるからです。順番としては1ややペースダウンする、2明らかにおかしいレベルまでペースダウンする、3座り込んだり、倒れたりするという順番で警告を発することによって体が完全に壊れることから守っているのです。
さらに言えば、1の前段階として、走り始めからいつもと同じ感覚で走っているのにペースが遅いということもあると思います。これは脳が体を守るための予防策として、初めからペースを落とさせているのです。
我々の脳みそはかなり賢いので、このような機能をあらかじめ持っています。
ですから、暑熱下で走るとそもそも骨格筋的にもエネルギーを生み出せなくなるし、脳も事前にストップをかけるようになるし、ということで体は動かなくなっていくのです。
賢い練習のやり方は?
では、夏場は短距離のような練習に変えるのが正しいやり方なのでしょうか?
これは全然そういうわけではありません。そもそも論ですが、骨格筋内で生み出されるエネルギー量が減ってしまう現象にせよ、脳(中枢神経)を守るために脳(中枢神経)がストップをかける現象にしろ、限界近くまでのパフォーマンスを発揮する際に問題となる現象です。
ですが、練習では限界近くまで追い込む練習などほとんど必要ありません。ごくまれに、そういう練習があっても良いですが、練習の基本は中強度以下の練習を高頻度で実施することです。
ですから、実際には夏場であろうと、冬場であろうと実は練習の基本は同じであり、中強度以下の練習を高頻度で実施することがポイントになります。ですから、実は暑さはそれほど問題にはならないのです。
私がそれほど問題にならないと言っているのは、夏休みを作ることの正当な理由にはならないとか、すべての練習において1キロあたり30秒落とすことの理由にはならないというような意味合いです。微調整は必要であるのは言うに及ばずではあります。
以上のような観点から考えたときに、実は夏場は長い距離の練習は適しておらず、短い距離のスピード練習のみをするべきだというのも実は誤った考えです。まず第一に、レースペース自体も距離が長くなればペースは遅くなります。
そして、レースにおいては距離が長くなればなるほど気温の影響を大きく受けるようになります。なので、レースの距離が長くなればなるほど、指数関数的にペースは遅くなります。それらも考慮に入れながら、ペースを落とせば結構夏場でも練習がこなせるものです。
そして、繰り返しになりますが、トレーニングというのはそもそも如何に苦しくない練習を繰り返して、良い記録を出すかです。苦しい練習が必要ないと言っているのではなく、これをまず基本に考えて、結果を最適化するために、必要に応じて高強度な練習も入れていきます。
ただ、高強度な練習は「頻度を増やすことが出来ない」、「オーバートレーニングや故障のリスクが高い」という二点の理由から、最後に考えるべきものであって、初めに考えるべきものではありません。
夏場でも上記のような考え方をベースに組めばやりようはあるということです。
理想は何か?
ここまで書いても「そうはいっても、やっぱり自分には無理だ」という方もいらっしゃると思います。そんな方に、一つ考えて頂きたいことがあります。おっしゃる通りで、理想は富士見高原、軽井沢、飛騨高山などの準高地に別荘でももって、夏の間はずっとそこで過ごすことだと思います。
あるいは、次善の策として、いわゆる駅伝強豪校や実業団のように下界(我々はこれを娑婆(しゃば)と呼んでいました)と準高地を行ったり来たりしながら、合計で1か月ほど合宿をすることだと思います。
ですが、これが出来る人は今日本に一体何割くらいいるでしょうか?
何割どころか、何分、下手すると何厘の世界の話だと思います。
こうなってきたら、与えられた環境の中で最善を尽くすか、あきらめるかの二択でしかありません。どちらを取るにしろ、それはあなたのお気に召す方を選べば良いのですが、あきらめるのは方法論を学んでからでも遅くはありません。
夏場のトレーニングは体調管理が命
夏場のトレーニングでは一回一回の練習よりも実は積み重ねによる問題が大きく生じます。一回や二回の練習であれば、正直そんなに大きな問題ではありません。その日はあまり走れないかもしれませんが、一日くらい走れない日があっても大した問題ではありません。
ただ、夏場のトレーニングで一番難しいのは積み重ねることです。先ほど、トレーニングの基本は中強度以下、高頻度であると述べましたが、そのくらい積み重ねは大切です。
ところが、積み重ねていくうちにちょっとした違いが大きな違いに変わっていきます。ちょっとずつ、ちょっとずつ、熱秘録が積み重なっていくとやがてそれが大きな差になっていって、どんどん走れなくなっていくということが起こります。
どの日のどの練習が悪かったとかではなくて、ちょっとずつ、ちょっとずつ積み重ねてしまった疲労は回復するのに時には1か月も2か月もかかります。これが厄介なのです。
これは熱疲労が体に残りやすいということもありますが、暑いところで練習をして大量に汗をかくと食欲が湧かなかったり、夜も暑いと眠れないということも大きな問題になるからです。ですから、夏場は日々の体調管理も非常に大切になっていきます。
秋は食べ物も美味しく、涼しくなり、夜も寝やすくなるのとは大違いです。
さて、このように夏場はトレーニングと日々の生活の両面から様々なことを見直して、微調整を加えていかなければ上手くいかないのですが、夏場のトレーニングのやり方や体調管理の仕方についてもっと詳しく学びたいという方のために『夏場のトレーニング論』という拙著をご用意しております。
『夏場のトレーニング論』の目次は以下の通りです。
初めに2
大阪世界選手権2007 11
夏場のトレーニングを考えるにあたって重要な4要素14
睡眠14
食事16
水分20
トレーニング22
内在的な負荷と外在的な負荷24
夏場のトレーニング論30
そもそも基礎トレーニングとは?36
夏場のトレーニングのメリット44
トレーニングの時間帯50
詳説夏場のトレーニング論56
夏場の練習でタイムを気にするのはナンセンス66
レペティショントレーニングの落とし穴70
距離走はどうする?83
距離走の距離を落としてマラソンの為の脚を作る方法とは?86
そもそもの期分けの問題90
具体的な練習内容92
付け加えられるなら付け加えて頂きたい練習110
暑熱順化113
睡眠119
眠れないのは疲れていないからではない126
食事と飲み物130
夜ラン後の具体的な行動例138
夏場の練習を楽しもう!141
こちらの電子書籍ですが、7月19日から7月21日までにご購入いただいた方には限定で、補足説明も加えた私の朗読(約3時間)の音声ファイルと動画ファイルも無料でプレゼントさせて頂き、聞き流しで勉強していただけるようにしております。
これだけの内容をご用意させて頂いた本書ですが、たった2000円の投資でご購入していただけますので、夏場のトレーニングを成功させたい方は是非こちらをクリックして、ご購入ください。
追伸
現在ユーチューブにあげている動画をインスタグラムの方にもあげさせていただいているのですが、ちょくちょく女子マラソン日本記録保持者の前田穂南さんがいいねして下さっています。
こういう「俺有名人のあの人と知り合いなんだぜ!」みたいな自慢してる人ってかっこ悪いですよね。
それでも敢へて我言わん。「あの前田穂南さんがいいねしてくれてます!」と
パリオリンピック頑張ってください!極東より応援しております。
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