皆さん、ご機嫌いかがでしょうか?前回の記事「大久保絵里という女がいる」はご覧いただけましたでしょうか?今回は大久保絵里という元ランナーについてもう少し知ってもらいたいと思います。
大久保絵里さんは一日8時間労働という環境で、大田原マラソンで2時間36分で走り、後々プロとして2時間26分までタイムを伸ばした異色の経歴の持ち主なのですが、異色な点は他にもあり、実は現役時代7人の指導者の下で競技をやっています。大久保さんは八王子高校を卒業後、豊田自動織機で競技を23歳くらいまでやっています。そこでの指導者は高橋尚子さん、有森裕子さん、鈴木博美さん、などのオリンピックや世界選手権メダリストを育て上げた故小出義雄監督です。その後、実は実業団を辞めた後は2年くらいは普通のOL生活をされています。その後、ハイテクタウンで一日8時間労働をしながら、競技を続けて、大田原マラソンで2時間36分で走り、その実績をもとにセカンドウインドに入りました。
そこで川越学さんに出会い、川越さんの下で競技をしています。川越さんの指導でわたしが印象に残っているのは30km走までしかやらないことと、ネガティブスプリットの練習です。トレーニングの目的は、狙いとする刺激を体にかけて、それに体を適応させること、従って、練習でタイムを求めることは必須ではなく、練習で大切なことは継続的に狙いとする刺激を体にかけ続けるということです。そういった観点から考えた時に30km以上の練習をするよりも、継続的に30kmまでのトレーニングをこなせる方が良いということを本に書いておられました。
さて、ここで世界の狭さを感じるところですが、実は川越さんは中村清先生が見ていた最後の方の早稲田大学の選手で、箱根駅伝でも区間賞を獲得されています。ここ最近、ずっとブログではリディアードシステムについて解説していましたが、中村清先生が1960年から継続的にニュージーランドに足を運び、リディアードからトレーニングを学び、東急、早稲田大学、SB食品などで目覚ましい結果を出されましたが、川越さんも中村清先生の薫陶をギリギリ(おそらく間接的に)早稲田大学時代に受けています。
大久保さん曰く、川越さんと大久保さんは相性がとても良かったそうなのですが、そのあとも指導者は変わり、元祖スピードスターこと徳本一善さん(1500m3分40秒、5000m13分26秒)の指導も受けています。徳本さんは現在は駿河大学で指導をされており、わたし自身も京都教育大学時代に駿河大学に転学のお誘いをいただいたこともあります。確かその時は、かなり良い条件を提示していただいていたのですが、私としては転学すると大学に合計6年いることになり、どうせ6年勉強するなら京都大学大学院文学研究科哲学専修に進みたかったので、お断りした経緯があります。
大久保さんは他にも4人の指導者の下で陸上競技を学び、それぞれの指導者からそれぞれの特徴を学びながらの、自分なりのやり方を模索してきたようです。
大久保さんは割と頑固な一面もある方なのですが、それはご自身の体と丁寧に対話をされているからでもあります。大久保さんも根拠もなく頑固にご自身の意見を主張するわけではありません。大久保自身もトレーニングで30km走を3:40/kmくらいのペースでやりながらも、レースでは2時間46分もかかったり、体重管理が上手くいかなかったり、練習に集中しきれなかったり、そういった失敗の積み重ねの中で様々なことを学んでこられました。体重管理と自分の調子の関係性を観察したり、仕事とトレーニングとの兼ね合いの中で調和点を探したり、またトレーニングはやればやるほど、結果が出るわけではないということにも気づいたり、月間走行距離とマラソンのタイムも綺麗な相関関係にはならないことにも気づいたり、様々なことに気付きながら、競技をされてきました。
私はいつも思うことがあるのですが、研究室にこもって研究しているだけの人の言うことを聞こうとは一切思いません。なぜなら、単純に彼女・彼らは陸上競技について理解しているとは思えないからです。彼ら・彼女らが理解しているのは最大酸素摂取量、乳酸性閾値、ランニングエコノミーであり、実際に人間の体や心がトレーニングについてどのように反応するかを理解していないからです。
私が大久保さんのような業界の大先輩に敬意を払い、何かを学ぼうとするのは、単純に私よりも10年長いキャリアの中でいろいろなことを経験されているからです。そこには体重管理、調整、足が抜けた時の対処の仕方、適度なトレーニングの強度の見つけ方、そういった諸々の経験を教えていただくことでヒントになるからです。そこには生きた学びがあるので、私も常にそこから何かを学ぼうとしてきました(大久保さんはマラソンよりもパンの話をする方が楽しいようですが)。
また、大久保さんの話を聞いていると、いつもマラソンとは人間がやることなのだと、再認識させられます。私は感情の波はかなり小さく、プライベートはほとんどないので、プライベートが競技に影響することはありません。感情そのものがあまりないので、人間関係で悩むこともほとんどありません。記憶にある限り、人間関係が私の競技に影響したのは、昨夏ベルリン合宿での我が師ディーター・ホーゲンとコミュニケーションが上手くいかなかったことだけでしょうか。ところが、大久保さんと言えば、感情の波があまりにも激しく、お話を伺う限り、人間関係やプライベートで何もなかった時期がなかったのではないかと思えるほどです。当然、そういったものが競技にも影響してきます。やる気が出ないこともあります。
実際のところ、陸上競技もトレーニングだけを勉強することで結果は出せません。私生活や心の中まで上手く、自分をよく知り、自分と上手く付き合えなければ、結果は出せません。そういった観点で考えた時に、私の場合は、ちょっと極端なくらい感情を切り捨てて競技に集中したり、コーチとトレーニングについて議論することが出来ます(それがかえって相互理解を妨げたようですが)。
その点、大久保さんは多くの方と同じように、仕事と折り合いをつけ、人間関係で折り合いをつけ、恋愛でも色々あり、自分の感情の起伏と向き合い、結果を出してきた方なので、あなたにも参考になる部分がたくさんあると思います。どこまで引き出せるかは、わかりませんが、「大久保絵里のエリート市民ランナー養成プログラム」の中で赤裸々に語っています。
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