ランナーにとって腱の故障と言えば、アキレス腱の痛みです。アキレス腱の痛みはランニング障害の中でもトップクラスに多い故障です。私が統計を取ったことはありませんが、肌感覚で言えば、トップがシンスプリント、次にアキレス腱、次が足底であとは色々その辺の筋肉の炎症というイメージです。
そんなアキレス腱ですが、実は走る上では非常に重要な器官です。分かりやすく言うとですが、アキレス腱はゴムやバネのような働きをしています。歩きと走りの最も大きな違いはジャンプをするかしないかです。従って、競歩では必ず片足のどちらかが地面についていないと失格になります。歩くという動作においては、片足が地面についている状態でもう片方の足を前に振り出し、地面についてから前へと体重移動します。一方で、走りの場合は軽くジャンプして両足が地面から離れ空中にいる状態があり、体重を前に移動させながら、同時に足を地面につきます。
ちょっと、余談になってしまいますが、このことからかかとから地面につくとブレーキがかかって効率が悪くなるというのは嘘だということが分かります。もちろん、歩くときと同じように重心が後ろに残ったまま足だけ前に出して、踵からつけばブレーキがかかります。ただ、これはつま先からつこうが中足部でつこうが同じことです。
足はどこからつこうが、手前に引き寄せながら接地しないといけません。足をいったん目に振り出して、それを手前に引き寄せる局面と重心(へそ、下丹田の辺り)が前に移動する局面において、ちょうど足が骨盤の真下に来る辺りで接地するのが望ましいのです。そして、空中で足を手間に引き寄せながら、上半身を前方へと移動させることからも分かるように、ランニングとは一歩一歩の小さなジャンプの繰り返しです。
で、その時にどうも神がわれらに与えたもうたのが、アキレス腱だそうです。人間が走る時、どれだけ効率よく走ったとしても、ジャンプをするので多少の上下動は生じます。この時、接地の局面においては位置エネルギーが運動エネルギーへと変換されて、地面をたたく力となり、そこから作用反作用の法則が働いて再び前方と上方への運動エネルギーへと再変換されるはずです。その時にエネルギーの変換をより経済的に行うために人間の足首辺りにゴムのようなバネのようなものを付けた、これがアキレス腱です。
神がわれらにあたえたもうたのか、進化の過程で遺伝子に変異が起きたのか、それとも偶然アキレス腱が生えてきたから人間は走るようになったのか、それは分かりませんが、いずれにしても、アキレス腱のお陰で我々ヒトはチンパンジーや豚やカバなどのアキレス腱を持たない動物よりもはるかに持久走に優れることになりました。そして、同時にそのためにアキレス腱を酷使することにもなり、ランニング障害の中ではアキレス腱の故障が多いという訳です。
アキレス腱の組成
アキレス腱の周囲には腓腹筋、ヒラメ筋の足底筋があり、踵後部にあるアキレス腱の起端部から約12㎝上部で腓腹筋、ヒラメ筋と結合し、一つの太い腱を形成しています。足底筋は腓腹筋とヒラメ筋の間を走る小さな筋肉で厳密にはアキレス腱の一部ではありません。腓腹筋はふくらはぎの表層部分の筋肉でつま先立ちすると、浮き上がるのが腓腹筋で、膝関節の上部に端を発しています。一方、ヒラメ筋は深層部の筋肉で膝関節よりも下に付いており、それ故それぞれの筋肉のストレッチや補強運動は異なります。
アキレス腱はタイプ1コラーゲンとタイプ3コラーゲンの二種類のコラーゲンから構成されています。タイプ1コラーゲンの方が弾力性と耐久性に優れており、通常、95%はタイプ1コラーゲンによって構成されています。 アキレス腱は90度回転して付着しており、この構造こそが走動作においてアキレス腱がばねのように働く要因です。この構造は接地時に働く重力の反動をエネルギーに変換してくれます。
腱の故障からの回復過程は、ごく普通の筋肉の故障からの回復過程と基本的には同じで、先ずは損傷個所に炎症反応が起きて、インターロイキン1ベータ、TNFα、シクロキシナーゼ2(COX2)、プログラスタランジンE2などの炎症誘発物質が出て、それに伴い急性期の炎症反応が生じ、治癒過程が進んでいきます。ちなみにですが、COX2とプログラスタランジンは見たことがある人も多いのではないでしょうか。これは市販の痛み止めや頭痛薬、解熱剤などのパッケージの裏側を見るとよく「発痛物質であるCOX2の生成を抑え痛みの原因を取り除きます」や「発痛物質であるプログラスタランジンの生成を抑え痛みの原因を取り除きます」などと書いてあることが多いです。
さすがに私も薬マニアではないので、どの会社のどの製品にそれが書いてあったのかということまでは覚えていませんが、メカニズムは全て同じで、バファリン、イブクイック、ロキソニンS、ジクロフェナクが入っている湿布などは全てこれらの炎症誘発物質を抑えることで、痛みを下げたり、熱を下げたりするのです。
話を元に戻すと、全ての急性期の炎症反応同様、治癒過程を促進するというメリットもありますが、炎症反応に伴うデメリットもあって、腱の場合は早い段階でこの炎症反応を抑えておかないとタイプ1コラーゲンの生成を阻害し、タイプ3コラーゲンの率が高い腱が出来上がってしまいます。もう一度おさらいをしておくと、タイプ1コラーゲンが弾力性に富み、強い腱で、タイプ3コラーゲンは弾力性に乏しく、弱い腱です。ですから、タイプ3コラーゲンの率が高くなってしまうと、自分で治療をしないとなかなか治らなくなってしまいます。
そんなアキレス腱の痛みですが、明けない夜がないように治らない訳ではありません。治し方にはいろいろあると思うのですが、今回はLLLTが腱の治療に与える影響について書いてみたいと思います。それでは行きましょう!
LLLTと腱に関する試験管内実験
先ずはツァイさんらの実験で660nmの波長のLLLTを照射するとテノサイトの数が有意に上昇しました。テノサイトというのは私がもし翻訳するなら腱芽細胞と名付けますが(実際に日本語名があるのかは知りませんが)、腱の赤ちゃんのことです。腱の赤ちゃんの数が増えるということは、新しい腱が新生されているということです。それから亜硝酸塩の生成量が増えるという結果も出たようです。亜硝酸塩には一酸化窒素を遊離する働きがあります。一酸化窒素とは平たく言えば、酸化ストレスのことで、細胞の働きを阻害し、治癒過程を遅らせます。それを遊離する働きがあるということは、もちろん、酸化ストレスを低減し、治癒過程を促進するということです。
別のチェンらの実験では、904nmの波長のLLLTを腱に照射する実験を行いました。その結果コントロール群と比較して有意に、アデノシン三リン酸の量が増え、またタイプ1コラーゲンの発現が増加したとのことでした。細胞レベルでのエネルギー産生量が増え、タイプ1コラーゲンの率が増えるので、当然腱の治癒過程は進んでいるということが出来ます。
ただ、個人的にはこの実験が腑に落ちないのは5000-7000Hzというかなり高いパルスを用いていることです。これは光を1秒間に5000回から7000回も点滅させているという意味であり、ここまで高頻度で点滅させることは通常あり得ませんし、また他の実験結果では治療効果が提言したという結果も出ています。実験者が何故、ここまで高いヘルツ数のLLLTを用いたのかが気になるところです。このような高いヘルツ数のLLLTは私も未だかつて見たことがなく、特注しないとないのではないかと思います。
LLLTとアキレス腱に関する動物実験
マルコスらの動物実験では、先ずネズミのアキレス腱にコラーゲン分解酵素を注射し、人為的にアキレス腱の損傷を引き起こし、その状態でコントロール群とLLLT(810nm)の照射とジクロフェナクの投与の群に分けて経過観察をしたところ、LLLTとジクロフェナクを合わせた群ではコントロール群に比べて有意にCOX2、TNFα、マトリックスメタロプロテナーゼらの生成量が抑えられ(炎症が抑えられ)、比較的アキレス腱の機能が維持されていました。
更にマルコスは同様の条件でLLLT群とジクロフェナク群に分けて対照実験を行ったところ、ジクロフェナクは7日目までしか炎症反応を抑えられなかったのに対し、LLLTはそれ以降も炎症反応を抑えることが出来たということでした。その理由については、あくまでも筆者の推論ですが、ジクロフェナクなどの非ステロイド系抗炎症剤は急性期の炎症反応は抑えられても、低度で慢性的な炎症反応を抑えることは出来ないこと、ジクロフェナクを服用し続けることで体の方にも耐性が出来て効きにくくなってきたのではないかと思います。
また別のジーザスらの実験では、LLLTが炎症反応を抑えるだけではなく、コラーゲンタイプ1の比率を優位に上昇させたと結論付けました。この実験においては、LLLTを一日一回照射し、3日目あたりから効果が出てきたようです。また、3日目あたりから効果が出てきたのであって、3日で治った訳ではないことに注目してください。その後7日目まで有意にタイプ1のコラーゲンが増加し続け、そこで実験は終了となりました。
別のカサレッチらの実験では、14日目まで実験が続けられ、14日目は7日目と比べて有意に炎症反応が抑えられ、なおかつタイプ1のコラーゲンが増えていました。またこの実験では、LLLT群とコントロール群だけではなく、ジクロフェナク群も作られましたが、この実験ではジクロフェナク群も14日経ってもコントロール群よりも炎症反応は抑えられていました。しかしながら、ジクロフェナク群では腱の組成には影響を与えませんでした。つまりすでに長引いているアキレス腱の痛みにジクロフェナクは有効ではないということです(腱の組成を変えないといけないので)。
また、それ以外の実験では、血管新生やたんぱく質合成を促進するという結果も出ています。ちなみにですが、古代医療というのはだいたい血行を良くすることで病気や怪我を治そうとします。ただ、血管を新しく張り巡らさないとどれだけお風呂に入っても患部に血液がいきわたる訳ではないので、LLLTによる血管新生は非常に大きな役割を果たすのではないかと筆者は考えています。
腱の治癒とLLLT、臨床試験
意外なことに、スタティノポウロスとジョンソンの肘の腱の損傷とLLLTの関係性について調べたところ、LLLT腱の損傷には治療効果がないと結論付けました。この腱の損傷というのは、まさに炎症反応が長く続いたせいでタイプ1のコラーゲンがタイプ3のコラーゲンにとって代わってしまい、元に戻らなかった痛みです。ですが、この実験結果は数ある動物実験から導き出された結論とは相反します。実際には、どうなのでしょうか?
ブジョーダル、エスラミアン、トゥミルティらの複数の実験では、肘の腱、肩回りの腱、アキレス腱にLLLTを照射した実験では、痛みの有意な消失とともに機能の改善が見られました。機能の改善というのは、一言で痛いと言ってもどの程度の力を発揮すると痛いのかとかどの関節の角度で力を入れると痛いのかとか状況は様々です。この実験では、痛みの強さ、力をどれだけ入れられるか、どのくらい力を入れると痛みが出始めるのかなどなどを調べた結果、機能の改善が見られました。個人的には、この項目がもっとも大切だと思います。アスリートにとって最も重要なことは、痛いか痛くないかでもなければ、MRIを撮影して経過が良好であるかどうかでもありません。今、目の前のトレーニングや次の競技会でどのくらい動けるのかということです。そう言う意味で、機能の改善が何物も代えがたい恩恵となるでしょう。
ちなみに、トゥミルティの別のアキレス腱の故障をカーフライズ(足を段差などにかけてふくらはぎを上げ下げする運動)で治療する際に、カーフライズだけの群とカーフライズに加えてLLLT照射を行った群での比較では、LLLT+カーフライズ群とカーフライズだけの群に違いは見られませんでした。(どちらも改善はされていた)。個人的には週に三回の治療は少なすぎると考えていますが、それよりも重要なことはヒトに照射する際には患部だけではなく、より広範囲の全身にも照射することです。私のところにもLLLTを使っているがなかなか効果が感じられないという方が連絡をくださりますが、ほとんどのケースにおいて、患部にしか照射しておらず、より広範な範囲への照射と患部への照射に変えると痛みが改善されるケースがほとんどです。
実はLLLTには他にも脂肪燃焼や認知機能の向上、鬱の改善などの色々なメリットがあります。もっとLLLTについて詳しく知りたい方には『詳説LLLT』という無料の小冊子をプレゼントしています。下記のURLより問い合わせページに入り、『詳説LLLT』と入力して、送信してください。筆者が確認次第、折り返し『詳説LLLT』を送付いたします。
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