突然ですが、あなたは下記のような話を聞いたことがないでしょうか?
・つま先接地にすると速くなる
・体の真下について地面からの反発を最大限にすると速く走れる
・腰の位置を高く保つと速く走れる
これらは実は絶対的に正しいとは言えず、場合によってはこれらの逆をすると速く走れることも非常に多いのです。以下にその理由を詳しく解説させて頂きたいと思います。
先ず第一に、上記の要素は基本的には短距離ではほぼ絶対的に正しいと言って差支えがないです。踵からついて走っているトップスプリンターなんてみたことないですし、腰の位置が低いトップスプリンターもみたことがないです。もちろん、スタート直後は低い姿勢からスタートして、初めは頭の位置を低い位置に保ちながら加速していくのですが、トップスピードにのったら腰の位置は高くないといけません。
また、短距離の場合は速度が速いので、真上から真下に振り下ろすようなイメージで自動的に水平方向の動きが出ますし、地面に強い力を加えないといけないので、重力も使って上から下へと強く振り落とすことで地面に強い力を加えます。
ですが、ここで理解しておかないといけないことは短距離走においては走り方を考える上で大切な要素は実は一つしかなく、最大速度を高めることであるのに対し、中長距離走の場合は最大速度を高めるよりもむしろ、目標とするレースペースにおける余裕度を高めることの方が重要であるということです。
短距離走というのは基本的には最大速度を競う競技です。確かに、スタートの巧拙、最大速度へと到達する速度(加速の速さ)、最大速度を維持できる距離、カーブでいかに減速に走るかなど細分化すれば色々な要素があるのですが、その全てが基本的には最大速度へと収束されていきます。
どんなにカーブの技術が上がったところで、私のように最大速度が遅い選手は通用しません。スタートがどれだけ上手くても通用しないし、最大速度に到達する速度が速くてもやはり最大速度そのものが遅ければ役に立ちません。
短距離走では基本的には最大速度の高さが全てであり、それ以外の要素はありません。ましてや意図的にペースを落す、つまりペース配分などする局面は一つもありません。
一方で、中長距離走の場合は800mという短い距離においてもスタートから最大速度を維持することは絶対に出来ず、ペース配分が必要となります。つまり、手加減しながら走って、ゴールラインをまたぐときに自分の全ての力を出しきっているという状態が望ましいのです。
この時重要なのは、最大速度よりも目標とするレースペースにおいてどれだけ無駄な力が抜けているか、無駄な動きがないかということです。よく、ネット上では走り方を変えて地面に加える力を大きくすれば中長距離走が速くなるかのように解説している人がいますが、走り方を変えてより大きな力を地面に加えても中長距離走は速くならないです。
何故なら、地面により大きな力を加えるとそれだけ疲れ、疲れると中長距離走では後半にペースダウンすることになるからです。そもそも論として、中長距離走は自分が単位時間あたりにどれだけのエネルギーを生み出すことが出来るかという生化学的代謝能力と筋持久力でほぼ競技力は決まり、走り方というのは生み出されたエネルギーを如何に経済的に(無駄なく)使えるかということが重要なのです。
短距離走の場合は疲れても良いから速く走るということをゴールに置くのに対し、中長距離走の場合は疲れないことが速く走ることに繋がります。ですが、その基本性能は生化学的な代謝能力によってほぼ決まります。あとはその生み出されたエネルギーを無駄なく使うということに全精力を注ぐべきで、短距離のような地面により強い力を加えるという発想では走るのは速くならないのです。
生化学的な代謝能力という言葉が分からない方は一般に心肺機能とか呼吸循環器とかカーディオとか有酸素能力と呼ばれるものだと思ってください。
そして、その時の具体的な技術論に入っていくと、基本的には0か1ではなく、なるべく短距離走からジョギングまで綺麗なグラデーションが作られることが望ましいです。これをもっと詳しく見ていきましょう。
先ず、短距離走と長距離走の大きな違いの一つはピッチ数です。ストライドも短距離選手の方が大きいですが、ピッチ数も短距離走者と長距離走者ではだいぶ異なります。短距離走が1分間換算で最大で300歩のピッチに到達するのに対し、長距離走(3000mからフルマラソン)の場合はだいたい1分間に190回±10回です。この数値からやや外れる人もいますが、ほぼ例外なくこのくらいの数字におさまります。
先ず、この時点で何が変わるのかというと、短距離走はつま先接地じゃないとピッチ的に間に合わないのに対し、長距離走の場合はつま先接地じゃなくてもこの時間的な余裕は変わらないということです。つま先接地の長距離走者もいますが、つま先接地だからといってピッチ数が速い訳ではありません。ピッチ数はだいたい皆同じです。
ですから、つま先接地にする優位性というのは実はありません。
では次に考えるべきはつま先で接地するのと踵接地とどちらの方が楽に走れるのかということです。これは個人差がある話なので、どちらでも良いのですが、基本は踵からの接地です。
何故ならば、ピッチ数が短距離走者よりも遅いのにつま先から接地するとその分ブレーキをかけて時間を稼ぐ人が多いから、つまり余計な力が入ってしまうからです。基本的には歩きと同じで踵から入ってつま先へと抜けていった方が無駄な力が入りません。走りというのは後ろから前へと移動する訳ですから、足も後ろからついて前へと体重移動した方が余計な力や動作は入りにくいのです。
また、踵からもしくは足裏全体でついた方がハムストリングスや大殿筋の方が大きな筋肉を使いやすくなります。縄跳びをやったことがある人は全員お分かり頂けると思いますが、つま先でジャンプするというのは基本的にはふくらはぎの筋肉を使います。ふくらはぎの筋肉よりもハムストリングスやお尻の方が筋出力は大きいので、こちらの筋肉をメインで使う方が良く、その為には足裏全体もしくは踵からの接地を心がけた方が良いのです。
800mと1500mは短距離と長距離走のちょうど真ん中くらいのピッチ数とストライドになりますが、それでも大抵は1分間に210歩から220歩くらいなので、どちらかといえば長距離走に近いと言えるでしょう。
では、レースペースよりも遅いペースにおいてはどうでしょうか?
実はここを多くの方が見落としているのですが、中長距離走の練習は正しい練習(効率の良い練習)を組めば、練習の約9割はレースペースよりも遅いペースの練習になるべきです。ですから、当然レースだけではなく、練習においても疲れにくく故障しにくい走り方を身に着ける必要があります。
これも実際の記録を見ていきましょう。私の直近の記録ですが、レースペースの1㎞3分ペースだとストライドがおよそ175㎝に対して、ピッチはおよそ1分間に190歩です。それが1㎞4分ペースになるとストライドが141㎝のピッチ数が1分間に177歩、1㎞5分ペースだと1分間に172歩のストライドが1m15㎝です。
このように見ていくと、ピッチはあまり変わらないのに対し、ストライドが大きく変わることがお分かり頂けると思います。1㎞5分ペースと1㎞3分ペースを比べるとピッチ数が10%増に対して、ストライドは52%増です。次に、1㎞4分ペースと1㎞3分ペースを比べるとピッチ数は7%の増加に対し、ストライドの長さは24%の増加です。
どちらも増加していますが、どちらかといえばストライドの方が変化率が大きいです。問題はここなんです。経済的に走るとはつまり、ペースが遅くなったらペースが遅くなった分だけ、楽に走れるということです。その為にはストライドを上手く縮める必要があるのです。
今私は上手くストライドを縮めると書きましたが、早い話がストライドはほとんど地面に加える力の大きさで決まる訳ですから、ストライドが24%短くなったら地面に加える力も24%減らないといけません。ところが、なかなかこれが出来ないんです。これが出来ないでどうなるというと力のベクトルを前ではなく、上に逃がすんです。
例えば、本来はストライドが24%短くなったら、地面に加える力も24%減らないといけないのですが、そうせずに地面に加える力を15%だけ減らして、力を上に逃がす人が結構多いんです。つまり、上下動が大きくなります。
更に言えば、レースペースにおいてもこの現象が起きている人はたくさんいます。力を上に逃がしている、つまり上下動が大きいがために力が上にいっており、力の割には前に進んでいないという状況が生れます。更に、ブレーキまでかけている人が結構います。無駄な動きがあるだけではなく、無駄な力を入れてブレーキをかけながら走っているのです。
ブレーキをかけながらアクセルを踏んでいる状態なので、非常に経済性にかけるのです。車で言えば、アクセルを踏みながらブレーキも踏んでいる状態であり、燃費が悪い状態です。ブレーキをかけている人の特徴としてはつま先から入っているか、腰が後ろに残っていることが多いです。
では、上下動を少なくするにはどうすれば良いのでしょうか?
実は重心を少し低くした方が良いのです。そもそも短距離ランナーが地面に目一杯力を加えても上下動が少ない理由は水平方向の慣性の力が大きいからです。単純な理屈で速度が速ければ速いほど水平方向に速く動いています。そうすると、ジャンプした瞬間にもう前に進んでいるので、思いっきり地面に力を加えてもあまり上に浮かずに真っすぐに進みやすいのです。
電車の中で真上にジャンプしても前に進んでいるところをイメージして下さい。電車自体が真っすぐ前に動いているので、電車の中にいる人が真上にジャンプしても、静止してい電車の外側にいる人からみると前に進みます。それと同じ理屈で、一度トップスピードにのったあとは自分自身が動いているので、イメージ的には真上から真下に力を加えて、真上に飛ぶようなイメージでも大きく前に進むのです。こうすることで、トップスプリンターはピッチ×ストライドの値を最大化しています。
一方で、長距離ランナーはどうでしょうか?
マラソン2時間20分と聴くとかなり速い感じがしますが、実際の速度は短距離ランナーの半分です。だって、トップスプリンターが100mを10秒で走るのに対し、マラソン2時間20分ということは100m20秒ですから。当然、水平方向への慣性の力も半分になります。マラソン2時間20分ですらこうなのですから、あとは推して知るべしです。
ですから、短距離の場合は腰の位置を高くして、真上から真下へと力を加える、換言すれば、真上に飛ぶようなイメージで地面に力を加えても真っすぐと前に進むのですが、長距離走の場合は経済的に走りたいのであれば、腰の位置をやや落として脚の動きも真上から真下ではなく、水平方向の動きを作る、換言すれば真上に飛ぶようなイメージではなく、真っすぐと前に進むようなイメージを持つことが大切になります。
私が知る限り、少し重心を落し、水平方向への動きを最も上手く使ってトップランナーの域に到達されたのが元法政大学の関口さんです。下に動画を貼り付けておきます。胸に法政大学のHのマーク、オレンジ色のランニングパンツで先頭を走られているのが関口さんです。この動画のシーンで、1㎞2分45秒ペースに到達しています↓↓
さすがに、このペースでこの走り方はかなり独特というか極端と言えますが、このペースですらこういう走り方が出来るのであれば、1㎞4分ペースや5分ペースならなおのことです。
陸上界の大先輩に対して私ごときが評価するなど厚かましいかもしれませんが、フルマラソンに挑戦されていたら2時間10分は切るだけの実力がある方だったと思います。スバルでわずか二年間で退社されたのは残念な選手としか言いようがありません。
話を戻しますが、ペースが1㎞5分ペース、つまりマラソン三時間半くらいのペースになると更にこの傾向に拍車がかかります。何故ならば、ストライド1m15㎝というのは少し歩幅を広げれば、ジャンプしなくても出せる歩幅になってくるからです。つまり、短距離よりも歩きに近い動作に本来になるはずなのです。
短距離選手のウォーミングアップのジョギングなんかをみているとつま先でぴょんぴょんとブレーキをかけながら真上にばっかり飛んでいて汚い走り方をするなーと思いますが、あれはあれで良いのです。何故なら、彼らが求めるのは最大速度のみであって、最大下速度で余裕を持つ局面など基本的に存在しないからです。
一方で、長距離ランナーは基本的に余裕をもって走ることが基本です。トレーニングの9割は余裕をもって終えられないといけませんし、レースでも本当の意味で苦しいのは最後の1割程度で、それまでは何らかの形で余裕を持ったままレースを進められないといけません。
もちろん、ここでいう余裕とは本当に楽というのとはちがいます。ある程度は苦しいです。ある程度は苦しいですが、短距離のようにペース配分をせずに全力で走ることは許されません。常に、じわじわと苦しくなりながらも我慢し続けて手加減しながら走らないといけないのです。
本記事の冒頭で全力、つまり短距離の速度からジョギングまで綺麗なグラデーションが作れないといけないと書いたのはつまりはこういうことなのです。速度が速くなればなるほど、接地はつま先、腰の位置は高く、足の軌道は真上から真下、膝の位置は高く、地面に加える力は大きくなるのに対し、速度が遅くなるにつれて、接地は踵か足裏全体、腰と重心をやや低く、足の軌道は水平、膝の位置は低く、地面に加える力は小さくなるべきなのです。
そして、理想はなるべく遅い走り方で速く走ることです。これはトップマラソンランナーを見ていただければお分かり頂けるでしょう。とてもじゃないですが、50m9秒で走っているようには見えませんが、その速度で走り続けています。いわゆる、余裕をもって走っているように見えます。この動きを作るには、速く走ることとゆっくりと綺麗に走ることの両方が大切になります。
ですが、やっぱり練習の基本はレースペースよりも遅いペースですから、レースペースよりも遅いペースをなるべく楽に走れるようになるということが出発点であることを理解して下さい。そして、最終的には闇雲に速く走ろうとするのではなく、目標とするレースペースでいかに余裕をもって走れるようになるかと試行錯誤をしてみて下さい。
周りから見たらゆっくりと走っているように見えるのに、意外と速かったという走り方が目指すべきところです。
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