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執筆者の写真池上秀志

菊と靴

更新日:2021年10月16日


こんにちは、池上です。今回はタイトルを見ただけでピンとくる人には文化論だということがお分かりいただけるかと思いますが、勿論ランニングに関する文化論でランナーの為の情報ですのでご安心ください。

愛国心が極めて希薄で、日本人であることになんの誇りも感じない私ですが、日本人として誇れることがあるとすればそれは道具を大切にすることだと思います。最近は道具を大切にしない人も増えてきていますが、伝統的には日本人は道具を大切にします。ハンマー投げの室伏広治さんも練習後にハンマーを洗剤とたわしやタオルでハンマーをきれいにするようになってから、記録が伸びるとおっしゃっていましたし、高橋尚子さんも、良いことではないのですが、靴への愛着が強くてなかなか捨てられなかった一人です。

野球の清原和博選手もヘボ選手ほど折れたバットをすぐ捨てるとおっしゃっていましたし、イチロー選手もメジャーリーグの選手が道具を大切にしないと嘆いていました。代打ち麻雀という大金と時には命も賭ける裏麻雀の世界で二十年間無敗の桜井章一さんも人差し指と中指の二本で牌を握っていました。通常は中指と人差し指で牌の裏側、親指の腹で牌の文字か書いてある方の3本で牌を掴む盲牌というやり方で牌を掴むのですが、それでは牌に失礼だと桜井さんはおっしゃいます。人間で言えば相手の顔を手で触るようなものだと言うのです。

一方、西洋やアフリカの人間にはそういう感覚がありません。靴も投げ捨てるように置くし、足で扱うこともあります。残念ながら、オリンピック選手や世界選手権代表の選手でもそうです。そういう選手には私の靴は触らせませんが、向こうはその感覚がまるで分からないようで、逆に私にいじわるされたように感じるようです。

なぜ日本で一流と呼ばれる人は道具を大切にする人が多いのかということですが、そもそも伝統的に日本人は道具に教えてもらうという感覚があります。

例えば、西洋のアーチェリーやボーガンは上下、左右が対称で比較的扱いやすくなっています。多少形が崩れても狙った周辺に行きやすいのが西洋のアーチェリーやボーガンです。

一方で日本の弓は上下が非対称です。その分、きっちり中心で静止して弓を離さないと少しのずれが大きなずれになります。一見、西洋のアーチェリーやボーガンの方が優れているように思いますが、そうとも限りません。多少形がずれてもある程度狙ったところに行くということは良かった時と悪かった時の形が体に残らないということです。

一方で日本の弓は上達に時間がかかりますが、きれいな形で弓を放たないと狙ったところに行かないので綺麗な形と崩れた形の違いが体でわかります。

日本刀も同じです。西洋の剣は両面切れる上に突き刺すことも出来ます。映画とかで利き手に剣、もう片方の手に盾を持っているのをよく見ると思いますが、実際には切るというよりも突き刺すことが多い訳です。突き刺すだけなので、素人でも扱いやすいのですが、刺したら抜かないといけないので大勢を一度に相手にするのは難しくなります。

一方で、日本刀というのは正しい角度で切らないと上手く切れません。昔野球の王貞治さんや黄金期初期の頃の西武ライオンズの選手が日本刀で濡れた藁を切る練習をしたというのは有名な話ですが、正しい角度で振り下ろさないと日本刀は藁すら切れません。ところが、正しい角度と力加減で振り下ろせば血のりもつかずに骨まで切れたといいます。当然、一瞬で切れるので切った後次の相手の相手が出来ますし、日本刀は刀で受けるので受けと攻めがほぼ同時に出来るのも特徴です。

西洋ではギロチンを使いますが、日本人は打ち首です。西洋の剣では人間の首の骨を一刀のもとに切ることが出来ないというのが、この文化の違いを生むわけです。

戦前くらいまでの日本人は一つの道を極めていくという精神性を持っていましたし、その中に必ず道具というものがありました。因みにこの考え方はビジネスには適しません。例えば、砲丸を作るときに重心、重さ、直径などは一定の許容範囲があります。重心が若干中心からずれていてもこのくらいのずれなら中心ということにしましょうという共通の基準がある訳です。

西洋人が砲丸を作ると、この基準内で満遍なく中心からずれた砲丸が出来ます。ところが、日本の職人は極めて中心に近いところに重心がある砲丸を作ります。でもこれはビジネス的には駄目で資源(時間、労力、資本)の無駄遣いです。日本の職人は一本の万年筆を数か月かけて作ったりします。一本十万円で売っても数か月で十万円にしかならないので、日本の職人さんがお金と無縁の世界に生きることが多いのは当然です。

西洋の場合は、通貨発行権を握る人々とその周辺の人達(ロックフェラー家やロスチャイルド家)がそういった職人の商品を破格の値段で買うから成立するのですが、日本ではなかなか西洋ほどパトロン文化がありません。

じゃあ今の日本人はどうかということなのですが、皆さんはシューズを大切にしていますか?シューズに対してどのような思い入れを持って使い分けていますか?なかなかシューズを大切にするという感覚がない人が多いように感じます。

最近シューズに関して一番多い質問は「昔は薄底が良いと言われていたのに、今は厚底が良いと言われるのは何故か?」という質問だと思います。結論から言うと、厚底シューズが良い訳ではなく、ナイキが特殊なカーボン素材を使ったシューズを開発し(Vapor fly 4% series)それがエリートランナーを中心に人気があるからです。このVapor fly 4%はランニングの経済性を4%改善するという優れた代物ですが、実際には実験室での結果のように4%は改善されません。それでも私の個人的な感覚として非常に走りやすいといいますか、ロードレースがトラックレースになるような反発を感じます。欠点は耐久性がないことで、ナイキは200㎞が限度と公表していますが、私の感覚では100㎞程度が限界です。100㎞を超えるとカーボン素材のクッション性と反発力が著しく落ちます。

さて、靴を選ぶ上で最も大切なことは足を入れた時の感触ですが、大まかに分けると靴の感触は➀アウトソールの厚さ、②踵の部分と爪先の高低差、③アウトソールの硬さ、④インソールの形状で決まります。

➀アウトソールの厚さに関しては、一般にトレーニングシューズほど厚く、レースシューズほど薄いです。Vapor fly 4%の凄いところはあの厚さで200gを切る軽量化に成功したことと言えます。一般論として厚めのトレーニングシューズの方がクッション機能には優れています。

②の踵の部分と爪先の高低差ですが、全ての靴は踵と爪先の高さが若干違います。トレーニングシューズでは2㎝前後、レースシューズで1㎝前後爪先側が低くなっています。私はこの高低差がないものが好きなので、一度差が0のものを作れませんかとメーカーの方に聞いたことがありますが、「0は作れるけど、0,5㎝はあった方が走りやすいよ」とのことでした。

③アウトソールの硬さですが、これも使う材質で変わります。最近あまり見かけなくなりましたが、スポンジ素材のものは柔らかめです。それ以外のもので言うと使い込んでいるうちにへたってきてアウトソールが柔らかく感じられるようになってきます。そうなったら買い替え時です。もう一つ言うとアウトソール自身のしなり具合というのでも変わってきます。一般にレースシューズの方が薄く、そしてしなりやすいです。しなるものの方が一般論としては、レースシューズに向きます。私の場合は靴がしなると走りの感覚が変わってしまうのでしならないものを好んで使います。例外としてはトラックや芝生のような柔らかい路面はしなるシューズの方が走りやすいです。

④次にインソールの形状ですが、よくあるのは内側が外側よりも高く作られているものでオーバープロネーションやシンスプリント、鵞足炎、足底筋膜炎の傾向があるランナーにはお勧めです。ただこれも最終的には感覚の問題なのでそれがしっくりくるかどうか、自分の感覚を信じてみるのが一番です。

何度も感覚という言葉を使ってきていますが、一番の問題として「道具を使った時の感覚を忘れていないか?」という問題提起があります。昔の侍はモノを切った時の切り口と自分の感覚を照らし合わせて、その日の動きを修正したはずです。弓道家は飛んで行く弓の軌道を見てその日の心の状態を知るといいます。

靴に関して言うと道具というよりもツールとして捉えている人が多くなってきて、この靴はこう、あの靴はこうと靴がもつ性質(形状、硬さ、材質)を基に靴にあたかも特定の機能や特徴があるように捉える人が増えていないでしょうか?

本来は靴と人、そして路面まで考慮に入れて一つのものです。ですから、別にバッシュで走り高跳びの世界選手権優勝者が出ても良い訳です(実際に2m25㎝跳んで優勝した人がいます)。本来であれば、走り高跳びには走り高跳び用の靴があるのだと思いますが、その人の体と跳び方にはバッシュがあっていたのだからそれで良いのです。大切なのはその靴を履いた時にその人がどう感じるかです。

西洋人やアフリカの選手は靴をまるで物のように扱うので靴を感じるという伝統的な感性がありません。靴をモノのように扱うという表現はおかしいかもしれません。実際にモノなのですから。でも日本人は高橋尚子さんのように愛着がわいて捨てられなかったり、清原和博さんのように折れたバットもすぐには捨てられない人がいる訳です。やっぱり靴と自分の相性を感じるという習慣のある人たちだと思います。

実際に清原選手は試合前に50本ほどあるバットの一本一本を握って感触を確かめてその日の自分に合うものを選ぶといいます。本来、人間のやることですから一日一日走る感覚が変わるのは当然です。毎日同じだという人がいたら鈍感だと思った方が良いです。

ロンドンオリンピック男子マラソン代表の藤原新さん(自己ベスト2:07:48)が私に「その日走れるか走れないかはフォームで決まる。そして良いフォームの感覚が出るかどうかはやってみないと分からないんだよ」と何度もおっしゃっていましたが一流と呼ばれる選手でも毎回走る感覚は変わりますし、良い時の感覚を続かせることは難しいものです。

靴の話に戻ると、毎日その靴を履いた感覚は意識的に確認するようにした方が良いです。何よりも裸足で走る人は地面に足が着く時の感覚を靴を通して知る訳です。靴を抜きにして走りを確認することは出来ません。私自身はトレーニングでは厚めの靴を好みますが、デメリットとしては接地の時の感覚が分かりにくくなることです。足が地面に着く時の感触は優しければ優しいほど良い走りが出来ます。悪い時の走りは足が一歩ごとに地面にたたきつけるような感じになるのですぐに分かります。ただ靴が分厚いとこの微妙な感覚が分かりづらくなるのでやはり、厚めといいても限度はありますし、普段から薄めのシューズを履くというのも有りだと思います。接地の時の感覚がもろに伝わるので走りを修正しやすくなります。

靴を通して足が地面についた時の感覚を常に意識していれば靴の買い替え時もおのずとわかります。第一に明らかにアウトソールがへたってきます。接地した時に以前よりも若干足が沈むように感じたら買い替え時です。

また、人にはそれぞれ癖があるので特定の部分がへっこんでいきます。ですので、同じ靴でも厳密に言えばインソールとアウトソールの形状が変わるので足の傾きが微妙に変わります。毎日靴を大切にしていればこのくらいのことは自然とわかるようになります。

そしてもう一つの問題提起としては厚めの靴が衝撃を吸収し、足を保護してくれるのは良いとして、靴は誰が保護するのでしょうか?一歩ごとに体重の二倍から三倍の重力がかかる靴は誰が保護してくれるのでしょうか?

こういうことを言うとトレーニングパートナーたちからは「やっぱり日本人は頭がおかしい」と言われること必須なのですが(私たちのグループで日本人が頭おかしいと思われているのは私の他に神風、腹切り、ビートたけしさんが原因)、実は靴を大切にするような走りが最も経済的なのです。

最近は爪先走り、キック力、スピード、バネといったものが強調されるようになってきましたが、こういったパワーの持続というのはしなやかさから生まれます。敢えて言葉にするなら「地面を蹴る」というよりは「地面に触れる」感じです。触れるだけで足は勝手に力を地面に伝えます。武道でも思いっきり蹴るよりも「一口食べる」感覚で蹴る方が強い蹴りが打てると聞いたことがあります。

長距離の場合、それを5000mからマラソンの距離まで継続させなければいけないのでなおさらです。皆さんも、厚底靴で足を保護するなどと考えずに、靴を大切に地面に触れるように、地面に優しく置くように走ると意識してみてください。靴を大切にする感覚があれば、弓道家が弓に心の状態を教えてもらうように靴に走りを教えてもらうことが出来るようになると思います。

 長距離走、マラソンについてもっと学びたい方はこちらをクリックして、「ランニングって結局素質の問題?」という無料ブログを必ずご覧ください。


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筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

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