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執筆者の写真池上秀志

迷ったら中山さんを目指せばいい

更新日:2021年10月16日


僕から伝えたいことは今日はこの3つ(筆者注 1.理想のゴールを持つこと、2.優先順位を決めること、3.一貫性を持つこと)だけだ。

もう一度言うけどこれは北極星みたいなものだから、迷ったら空を見て北を目指せばいいんだ。

引用:旅するカフカ『迷ったら北を目指せばいいんだ』

砂漠を歩く旅人たちは北極星を目印に歩きます。そこで誰かが「北極星を目指して歩いたところで、北極星になんてたどり着く訳ないのに馬鹿じゃないの?」と言ったとしたらあなたはどう思いますか?

言うまでもなく、馬鹿なのはこの人の方です。砂漠のような目印もないところでは、最後にどこにたどり着きたいかを決め、大まかな方向に向かって歩みを止めないことが大切で細部の軌道修正は歩きながらやれば良いのです。

実はこれは目標設定と能力の関係にもそのまま当てはまります。素直に自分に問いかけて最後にどうなっていたいかが分かっていれば、それで良いのです。というか、そうでなければいけません。日本人は特に小さな目標を立てて「小さなことからコツコツと」というのが好きです。それだけではなく、初めから大きな目標を立てる人のことを批判的に見る傾向が強いです。

文化論を語るつもりはなくて、それぞれの国にそれぞれの文化があるのは良いことなのですが、心理学的には問題があるということです。私の言葉で言えば、煩悩は大きければ大きいほど良いということになります。小さな煩悩で生きていると些細なことに囚われて、下せるはずの決断も下せなくなります。煩悩は大きい方が良いのです。所詮マラソンを速く走りたいとか、大きなレースで勝ちたいとかは全て煩悩にすぎません。もし釈迦がまだ生きていれば、勝ちも負けもすべて同じものにすぎないというにきまっています(空観)。これは哲学者の中島義道さんの言葉で言えば、

「どう考えても、人生で重要な問いは自分の意志でもないのに生まれさせられて広大な宇宙の時間と空間の中でほんの一瞬かげろうのような人生を送るこの人生とは何だろうという問いである。オリンピックも出世競争も受験戦争も全てこの問いから目を背けるための壮大な暇つぶしでしかない」

ということになります。私は勝負ごとを否定するつもりはありません。プロのスポーツ選手にとってマラソンは金儲け=ビジネスというこの世における仮の役割(仮観)がありますし、他にも自己実現という壮大な暇つぶしにもなります。ただ、やるなら北極星を目指さないといけません。一度決めたら北極星だけを見ていればいいのです。北極星しか見ていない人間は目の前にサソリが現れても若干の軌道修正の後北極星の方向に進めますし、目の前に絶世の美女が現れても視野に入りません。これがステップバイステップで100m先の目標しかたてていない人はサソリの向こう側に広大な世界があることをイメージできないので目先のリスクとリターンを秤にかけて撤退するでしょうし、絶世の美女の向こう側にもっと魅力的な世界があることがイメージできないので「お茶でも飲んでいきなさい」と言われると寄り道してしまい、下手するとそのままそこに居ついてしまうかもしれません。

この例え話の北極星とは勿論目標に該当します。目標と言うのは所詮煩悩にすぎません。マラソンで世界記録を出すとか、年収が10億円になるということには本質的な意味はありません。本質的なというのは絶対的に生の意味を付与したり、生の意義を高めたりするものではないというくらいの意味です。ですから、釈迦のような悟った人の前に大迫傑さんが現れたところで、きっと釈迦は「あっここにも波状に振動する素粒子がある」くらいにしか思わないと思います。

ただ、どのような目標=煩悩にも機能的な役割があります。本質的には一切は空であるのですが、この世における仮の役割=機能を見出すことを仮観と言います。この時目標は高ければ高いほどその人のこの世での仮の役割=機能=能力を高めてくれることになります。そして、この自分の機能=能力に対する自己評価のことをコーチング(心理学)の世界ではエフィカシーと呼びます。

とまあ、ここまで抽象的な話を続けてきたので単なるきれいごとだと思われる方が多いと思います。実は私は18歳の頃から一つの北極星を目指してきました。北極星を目指してきただけでその人の真似をしようと思ったことは一度もないのですが、結果的に自分でも驚くほどその人との間に共通点が生じました。

その北極星とは中山竹通さんです。18歳の時に中山さんの著書(おそらく口述筆記)の『挑戦』という本を読んでから「アッ中山さんに出来るんだったら、自分にも出来るな」とずっと思ってここまで来ました。そう思った理由は特にないのですが、強いて言えば当時私は18歳の頃の中山さんよりも良い環境に居たので、中山さんがその中で結果を出していったのであれば自分にも出来るなと思いました。

私が中山さんについて語る必要もないと思いますが、念のために書いておくと1984年の福岡国際マラソン優勝を皮切りに1985年ワールドカップマラソンでは自己ベストの2時間8分15秒で優勝、1987年の福岡国際マラソンでは伝説となった中間点を当時の日本最高記録を上回る1時間01分55秒で通過35kmまでは2時間6分ちょうど当たりのペースで来ていました。後半みぞれと風速5m前後の風に大幅に失速しゴールタイムは2時間08分18秒でしたが、世界中で話題になったレースです。オリンピックでもソウル、バルセロナと二大会連続で4位に入賞されています。

インターハイにすら出ていない私が中山さんを目指すといっても誰からも理解されないのは当然のことだと思いますし、今の私が中山さんを超えるといっても同じ反応が返ってくると思います。ただ、18歳の頃に思い描いてきたことは次々と形になってきています。

中山さんがより良い環境を求めて長野県縦断駅伝に狙いを定め、区間記録を更新して区間賞を獲り富士通長野に移籍したのが20歳の時です。私がより良い環境を求めて陸上部を退部し、アラタプロジェクトのセレクションを受け、セレクションに受かった直後にハーフマラソンで1時間03分09秒のタイムを出して経理担当者の信頼を得てケニアの合宿費を出してもらい、今のコーチであるコーチディーター・ホーゲンに出会ったのも二十歳の時です。

中山さんが更なる環境を求めて中日30㎞マラソンで1時間31分50秒というタイムを出してダイエーに移籍したのが高校を卒業して5年目で、私が大阪30㎞ロードレースで1時間31分53秒で走り、翌年の大阪マラソンの招待をもらえるようになったのが高校を卒業して5年目です。そして、中山さんは高校を卒業して6年目の福岡国際マラソンで2時間14分15秒というタイムを出し、私は高校を卒業して6年目の大阪マラソンで2時間13分41秒というタイムを出しました。

高校を卒業して7年目、中山さんは福岡国際マラソンで27㎞からペースを上げてミハエル・ハイルマンと集団を抜け出し、36㎞あたりでハイルマンも振り切って2時間10分00秒でマラソン初優勝です。というわけで、私にとって今年の大阪マラソンは2時間10分前後で走れるはずの大会なわけで、同時にマラソン初優勝もどうしても成し遂げたい年なのです。

このように書いてみると段階的に中山さんに近づいてきたように思われるかもしれませんが、実際は逆で私は18歳の頃から中山さんがやろうとして出来なかった2時間5分台しか見ていません。結果的にこのようになってしまったのです。寧ろ逆に、初めから大きな目標しか見ていないから色々と上手くいかない時があっても軌道修正できたわけで、小さな目標しか立てていなかったら、少しの失敗や大きな決断を下す時に小さな煩悩が顔を出してきて怖気づいてしまい今頃学校の先生か塾の講師にでもなっていたと思います。

これはこれから先も同じだと思います。18歳の頃の私が2時間5分台と言っても、今の私が2時間5分台と言っても結局冷たい反応しか返ってこないと思います。でもそれで良いと私は思っています。理由の一つ目はどうせ煩悩にすぎないのだから大きい方が良いということ、2つ目に心理学的にもこれが正しいからです。寧ろ、実際に2時間6分、7分くらいまでタイムが出たとすると目標が2時間5分ではちょっとまずいです。現状と目標との差が小さすぎて自分の能力を引き出してくれないのでその時には目標の方を2時間3分くらいまで引き上げないといけません。2時間3分でも決して目標が高すぎるとは言えません。理論的には達成可能だからです。北極星まで歩いていくというのとは訳が違います。しかしながら、理論的に不可能な北極星まで歩いていくということですら、砂漠を旅する旅人にとっては合理的な目標であり得るのです。

私が中山さんが凄いなと思うのは、「初マラソンを走った時にはもう2時間10分が見えていた。2時間10分で走った時には、2時間8分が見えていた」と語っておられるところです。そして、周囲が圧倒的な強さを見せつけたと評価した1987年福岡国際マラソン優勝の際のコメントは「2時間5分台の走りまであと7,197㎞の持久力が足りなかった」です。要するに、2時間8分台の中山さんにはもう2時間5分台が見えていたわけです。

当たり前の基準のことをコーチング(心理学)の世界では、コンフォートゾーンというふうに呼びますが、中山さんはこのコンフォートゾーンを常に現状よりも一段上に置いておられたことが分かります。これも実はコーチングにおける基本中の基本なのですが、当時コーチングという言葉すら日本に無かったはずなのにこれを直感的に理解されていたのが凄いと思います。

また中山さんが富士通長野を出てダイエーに移籍する時に先輩に言ったのが「瀬古さんに勝つ」です。「瀬古さんは雲の上の人だよ」と笑う先輩に対し、中山さんは「そんなのやってみないとわからないじゃないか」と思ったと述懐されています。コーチングでは自己の能力に対する自己評価のことをエフィカシーと呼び、コーチングを一言で説明するとエフィカシーを高めることだとすら言えます。

この『挑戦』という本を読めば、中山さんは高い目標を設定し、高いエフィカシーを維持し続け、常に現状の一段上にコンフォートゾーンを持っていたことがよくわかります。中山さんご本人はよく「綺麗ごとっていうのは嫌なんです」、「努力するっていうのはもちろん大事だけど、結果を出すために努力する」とインタビューや著書の中で語っておられますが、実際にコーチングと言う観点からみても綺麗ごとではなくて非常に合理的なマインドセットを持っておられた方だということが言えます。

今回の主なテーマは心理ですが、補足的に説明しておくともう少し技術的、方法論的な意味あいにおいても当たり前の基準をどこに定めるべきかを分かっておく必要はあります。細部は当然人によって違ってくるとは思うのですが、私の場合、中山さんが「とにかく初めは量をこなすことが大切。今の若い選手には年間12000㎞走るくらいの気概を見せてほしい」とインタビューで語っておられたのを見て19歳の頃に既に4か月で4000㎞とか月間1200㎞とか走ったことがあります。また、中山さんが若いころ、長野では起伏のあるところばかり走っていたとか、京都の亀岡というところに延々坂ばかり続くコースがあって初めはそこでキロ4分とか遅いペースで40㎞走をやっていたと語っておられるのを聞いて、私もひたすら岐阜県御嶽、長野県富士見高原、ケニアのイテンなど起伏のあるコースで基礎作りをやってきました。因みに京都府亀岡市は私の故郷で18歳の頃私もよく山の中を走りに行きました。

今はもう本気でタイムを狙う時期に来ているので起伏のあるコースでは走らずに平坦なコースでレースペースやレースペース前後のペースで走る練習に重きを置いていますが、方法論的にも18歳の頃から6年半かけてマラソンで勝負しに来ています。

ただ、今でも十分経験を積んでいるとは言えない状況ですから、18歳の頃の自分にマラソンのことなんてわかる訳がありません。当時私は宗さんご兄弟、瀬古さん、中山さん、君原健二さん、高橋進さん、小出義雄監督、ジャック・ダニエルズ博士、浅井えり子さん、有森裕子さん、中村清先生、エミール・ザトペックなど一流選手・コーチの書いた本やその関連図書を丹念に読み込んで何となく方向性を定めてきました。一冊の本しか読んでいないとどうしても偏りが出ますが、何人もの人に関する何冊もの本を読んでいれば何となく共通して見えてくる基準があります。心理学的にも基準をどこに置くのかということは重要なのですが、それだけではなく方法論的にも北極星を持っていた方が良いということを補足として述べ今回は筆をおきます。

最後まで読んでいただいてありがとうござました。下記に参考図書や講義、ブログを載せておきます。どれも私が読んでこれは!と思ったものばかりです。皆さんのお役に立てると私もとても嬉しいです。

参考文献

旅するカフカ『迷ったら北を目指せばいいんだ』

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また栄養や故障のマネジメント、心理に関する質問や次の記事のリクエストがある方はこちらから私にコンタクトを取ってください。


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筆者紹介

​ウェルビーイング株式会社代表取締役

池上秀志

経歴

中学 京都府亀岡市立亀岡中学校

都道府県対抗男子駅伝6区区間賞 自己ベスト3km 8分51秒

 

高校 洛南高校

京都府駅伝3年連続区間賞 チームも優勝

全国高校駅伝3年連続出場 19位 11位 18位

 

大学 京都教育大学

京都インカレ10000m優勝

関西インカレ10000m優勝 ハーフマラソン優勝

西日本インカレ 5000m 2位 10000m 2位

京都選手権 10000m優勝

近畿選手権 10000m優勝

谷川真理ハーフマラソン優勝

グアムハーフマラソン優勝

上尾ハーフマラソン一般の部優勝

 

大学卒業後

実業団4社からの誘いを断り、ドイツ人コーチDieter Hogenの下でトレーニングを続ける。所属は1990年にCoach Hogen、イギリス人マネージャーのキム・マクドナルドらで立ち上げたKimbia Athletics。

 

大阪ロードレース優勝

ハイテクハーフマラソン二連覇

ももクロマニアハーフマラソン2位

グアムマラソン優勝

大阪マラソン2位

 

自己ベスト

ハーフマラソン 63分09秒

30km 1時間31分53秒

マラソン 2時間13分41秒

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